2017-06-28 09:20

6月のたまcafe

6月17日(土)たまcafé(看護奨学生会議)を愛媛生協病院で開催しました。これまでも、中四国DANSへ向け「原発の導入と立地問題」について学習を続けていましたが、今回は、伊方原発をとめる会事務局次長の和田宰さんを講師に、放射線の人体に与える影響について学びました。チェルノブイリ原発事故後に復旧作業にあたった作業員たちの健康被害についてや、日本でも起きた、1999年東海村JCO臨界事故で大量の放射線を浴びて亡くなった作業員の方の被害の実態について映像を通して知ることができました。
 チェルノブイリ原発事故は、1986年にソ連であった原発事故です。事故後の復旧作業にあたった人は数十万人といわれています。彼らは、満足な放射線防護もないままに作業し、その多くが事故から10年後20年後に癌や白血病、原因不明の病で亡くなっています。
 日本でも、悲惨な原子力による事故が起きています。1999年、茨城県東海村の核燃料加工施設(原発の燃料を作る施設)での臨界事故で、3人が被爆し、内2人が亡くなった事故です。会社のマニュアルに沿って作業をしていたら、突如、核燃料が臨界に達し、大量の放射線が作業員の身体に降り注ぎました。その内の1人である大内久さんの治療にあたった記録がおさめられているNHK「被ばく治療83日間の記録~東海村臨界事故~」という番組を視聴しました。そこには、放射線により染色体が破壊された映像や、DNAが破壊されたことにより、細胞の組成ができず、皮膚が削げ落ちている映像などがあり、被ばくの悲惨な実態を目の当たりにしました。この番組の中で、治療にあたった東大付属病院の前川医師の言葉が印象に残っています。「今回のことで感じるのは、やっぱり、人間の作ったものは、一歩間違うととんでもないことになるなと、そのとんでもないこともほんとに我々一介の医師がなんともしようがないと、たとえどんな最新の技術や機器を持ってしても、とってもとっても太刀打ちできない破滅的な影響をもたらすんだなということは実感しました・・・」。
 そして2011年3月11日の東日本大震災により、福島第一原発が爆発。多くの放射能が空気中に飛散しました。
 現在、福島県では、甲状腺がんと診断された子どもは145人となっています。
 参加した学生からは、 実際に言葉では被ばくの実態を学んだことはあるが、今回初めて映像を見て、より被ばくの悲惨さを実感できた。
 実際にそういう事故があったことは知っていたが、詳しくは知らなかったので、とても勉強になった。
 と感想が出されました。

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愛媛生協病院は、「患者の立場に立って親切でよい医療」「いつでも、どこでも、安心して医療・福祉が受けられる」ことを目指して、愛媛県の県都、松山市久米地区に1986年に開設されました。これは愛媛生協病院の風景や看護の様子、また学生の活動などを紹介するブログです(*^_^*)

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